NPOいわて・郷プロジェクト 沿岸事務所

NPOいわて・郷プロジェクトは現在、山田町に沿岸事務所を設置し、
山田町水産商工課の認可の下で山田町の復旧・復興状況の撮影記録や、
山田町の皆様の意見を取り入れて山田町から発信する映像作品の制作に
取り組んでおります。
山田町の復旧・復興状況の記録映像の他、町内で行われたイベントの模様、
町内の商業施設や観光のPR、再開した店舗の15秒CMなど、
様々な番組・映像作品を公開配信する予定です。

制作した映像作品については、
YouTube(「山田町だより」「山田町CM」で検索)や
NPOいわて・郷プロジェクト 沿岸事務所 公式ウェブサイト
で見ることができます。ぜひご覧ください。

NPOいわて・郷プロジェクト 沿岸事務所 公式ウェブサイト
http://iwategoproengan.web.fc2.com/

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AKB48さんに「ありがとう」の手紙を届けました 1/30掲載

【山田町からAKB48さん達に3倍のありがとうを伝えよう運動の始まり】

! !

岩手県山田町は人口約16800人ほどの住民の方が住み、月型の入り江の山田湾を持つ
岩手県沿岸でも三陸リアスを代表する美しい町でした。

東日本大震災が起きた2011年3月11日、太平洋沿岸は大きな地震と津波の被害を受けました。

津波とその後に襲った大規模な火災によって、約730名(認定死亡者含む)の方々が犠牲となり、
家屋の倒壊数は3342棟を越え、町の被災率は半分を超える55.5%以上となりました。

その後、避難所は32箇所用意され、4000人を超える方々が避難生活を送り、
避難所は夏の終わりの8月31日に全てが無事に閉鎖されました。

現在は仮設住宅の団地は46団地程となり1940戸、約5000人の方々が
仮設住宅で厳しい生活を送っております。

厳しい先の見えない避難生活を送る中で、多くの方々から温かいのご支援や訪問がありました。

2011年の5月22日、春が訪れた山田町に子ども達の憧れの方々が訪問して下さいました。

AKB48大島優子さん、篠田麻里子さん、柏木由紀さん、指原莉乃さん、
SKE48松井玲奈さん、NMB48山本彩さんが訪問してくださり、
山田町の子ども達やみなさんたちを勇気付けてくださいました。

昨年の5月といえば、避難所の生活が継続されており、様々な問題、
ストレスなども多々あった事を私たちは覚えております。

毎日、避難所への物資配給や学校運営の支援で向かっていた
私たちは、当時山田南小学校避難所の担当でもありました。

当時、私たちは多数の避難所と学校支援の担当になっており、
支援物資の割り振りや、子ども達の生活改善や学校運営の補助をしているときでした。

とりわけ大きい問題だったのが、子ども達のストレスの問題でした。
大人達が日々の問題に取り組む中で、子ども達は言いたい事も、
やりたい事も言えず、ふさぎこんで好きな事もできない状況が続きました。

大人たちは状況を飲み込みながら、子ども達を守る事に必死で、
なかなかに子ども達の相手もできず、また変化も無い日々だったので
ただただ、毎日を生き抜く事で精一杯だった事を覚えております。

学校の先生方の涙、親御さん達の苦悩、子どもたちのストレス、
恐らく一生に生きて見るぶんよりも、多くの苦悩と涙を私たちは見てきました。

物資は全国の皆様の優しいご支援で何とか事なきを得ておりましたが、
どうしても子ども達を元気づける【夢や娯楽の楽しさ】と言うものの
答えが見つからず、毎日どうしたら良いかを悩んでおりました。

大人たちも子ども達を喜ばせるために、一生懸命に努力しました。
しかし、僅かな環境の中で一時的な娯楽にしかなり得ず、
子ども達もその状況に慣れていってしまい、やがて子ども達と
大人たちの間に【夢や娯楽】に対しての価値観のズレが生じてきました。

そんな中で去年の5月22日にAKB48の皆さんが山田町の山田高校に訪問して、
子ども達や現地の皆さんを一生懸命に元気付けてくださいました。

そのときに私たちは子ども達が見たことも無い笑顔で喜ぶのを見ました。

避難所の大人たちも、支援をする私たちもそのときに

「こんな状況だからこそ、子ども達には最高のモノを与えなければいけない」

と、改めて強く教えられたことを覚えております。

そこから、「音楽や娯楽は不謹慎」という考えは無くなり、
音楽も娯楽も、絵本もおもちゃも、子ども達を優先に
昔の通りに楽しんでもらう様になっていきました。

それから三ヶ月たった8月31日、山田町の各避難所は閉鎖となり、
避難していた皆さんは仮設住宅の暮らしに移っていきました。

そして2011年11月の後半、支援を行っているマブリットキバと
私たちは現地の子ども達から、ある頼み事をされました。

それは

「自分達を勇気付けてくれた、AKB48さんにお礼を伝えたい」

というものでした。

私たちは驚きました。大人が指示した訳ではなく、子ども達自身が自ら
「お礼を伝えたいので、協力して欲しい」という事は大変に珍しい事でした。

子ども達の伝えたい事は

「危険なところに来てくれたAKB48さんにお礼を伝えたい」

「大好きでいつも元気をもらっているから、お礼が言いたい」

「山田町に来てくれて、握手してもらった事が一番楽しかった、
優子さん達に、ありがとうございますと伝えたい」


「他の被害があるところも応援してくれているので、
私たちから応援してくれているAKB48さんをはげましたい」


と、様々でしたがとても真剣なものでした。

AKB48さんが来てくれて、本当にうれしかった。今でももらった服を着ているんだよ、
握手した事を覚えているかなあ、今でもあちこちに支援でいっているんだよね、
AKB48さんも大変だとと思うから、今度は私たちが励ましたいなあ」

「こういうことを大人に頼めない。大人や先生たちは今、町の事で大変だから、
マブリットキバなら子どもの味方だし、助けてくれるから頼めると思って、
私たち子どもで、手紙と感謝状を書くから、AKB48さんに届けて欲しいんです」

私たちにとって、子ども達の気持ちはとても崇高で誇り高い願いに思えてなりませんでした。
子ども達は5月22日に来てくれたAKB48さんの事を、一日たりとも忘れてはいなかったのです。

私たちはマブリットキバに相談してみるからと、その場で子ども達を納得させました。

マブリットキバにそれを伝えると、相当に悩んでしまいました。

マブリットキバは津波で誰も守れなかった事を自分で攻めて、ご当地ヒーローを辞めていました。
それ以来「自分は被災地で働くただの道具だ」と言い張り、かたくなに表に出る事を拒否してきました。

「余計な時間があるなら、現地で黙々と働いたほうが良い。それがオレの仕事なんだ」

「オレは震災前、散々に好き勝手にステージを行い、結局震災では誰も守れなかった、
なので、裏切ってしまうかも知れない子ども達との約束をするなんて事は出来ない。
約束を守れずに、また子ども達を悲しませるのは嫌なんだ。」


AKB48さんはオレもファンだし、子ども達も大好きだから迷惑をかけることが怖いんだ、
今、きっと彼女たちは忙しいし、声を伝えるにも厳格なルールを守らなくてはいけない。
ファンレターならともかく、子ども達の声を直接に届けるなんて無理だ」


マブリットキバはAKB48さんの大ファンでもあり、山田町の子ども達が大好きでした。
だからこそ、できない約束をして両方に迷惑をかけることは絶対にできない、
子ども達には事情を説明して断ろうという事を私たちスタッフに強く言いました。

その後、マブリットキバと私たちは子ども達に直接に会って謝って、
今回の約束だけはできないと伝えるために山田町へと向かいました。

子ども達は集まって、大変に喜んでいました。マブリットキバが子ども達と話をはじめました。

AKB48さんにお礼を伝えたいと言う事、未だに被災地への支援を続けてくれるAKB48さんに
励ましと応援の言葉を伝えたい事、山田町に来てくれた事を今でも夢のように思ってくれていること。

マブリットキバが黙って聞き、子ども達は自らの気持ちを笑顔で打ち明けてくれました。

大人たちは町の再建で大変なので、子ども達だけで感謝状と手紙を用意すること。
学校の友達に呼びかければ、AKB48さんに伝えたい子どもがいっぱいいること。

そしてなによりも

AKB48さんが大好きだから、ありがとう頑張ってください自分たちも応援しているよ、と伝えたいと言う事。

それを聞いてマブリットキバはその場で考えを改め、子ども達の願いを聞き入れてくれました。

子ども達は大喜びしました。そしてマブリットキバと約束をしました。

【大人の力を借りずに、子ども達だけで手紙と感謝状を書いて集める事】

手紙を集めるには学校の先生や親御さんの許可が要るから、
それはマブリットキバが大人の許可をもらって、子ども達の運動を応援する事。

子ども達は約束をしてもらった事で大変に喜んで、必ず子ども達でやり遂げると誓いました。
マブリットキバも子ども達と約束は必ず守ると約束をしました。

私たちはマブリットキバに無茶な約束をしたのではないかと心配している事を伝えると、

「オレは子ども達と約束する事が、怖かった。できれば逃げてしまいたかったし、ごまかしたかった。
でも子ども達はお世話になった大好きなAKB48さんを信じて、
応援したいと誰かの為に真剣に向き合っている、
オレは密かにAKB48さんを好きで応援していたかった、
表に出て迷惑になることはファンとしてしたくなかった。
でも、子ども達を見て愛する者を信じて向かい合い、それを伝える事が無理とわかっていても、
今度だけはオレは逃げてはいけないとわかった」


と、覚悟を持って話してくれました。私たちスタッフにはそれがどういうことかわかりました。
子どもとの約束を守れなかったら、マブリットキバは潔く去るのだろうとわかったからです。

そこからはマブリットキバと私たちは学校の先生方や親御さんに事情を説明して回りました。
全部の先生方が手紙を学校内で子ども達が集める事を快く見守って応援してくれました。
子ども達も連絡を取り合って、手紙と感謝状を書くことをはじめました。

学校の先生方や親御さんは私たちに言ってくださいました

「大人の私たちにもわかります。お世話になったAKB48さんにお礼を言って、
繋がっていたんだと信じたいのだと思います。一部の大人の人には理解ができないかもしれない。
でも私たちにはわかります。子ども達が自分で動いて、誰かに感謝する事をとめる理由はありません。
それに山田町の子ども達が言うことならば、私たち大人にとっても気持ちは同じです、
子ども達に元気と笑顔を与えてくれている、AKB48さんもがんばっているんですから、
その活動に元気と笑顔をありがとうございます!と子ども達と同じに伝えたいですよね」

マブリットキバは校長先生に約束が守れなかったらと、相談する事もありました。
しかし、校長先生は相談する前に笑顔でマブリットキバに話してくれました。

「大丈夫です。震災から今まで、マブリットキバさんは子ども達のために、
学校の私たちのために死力を尽くしてきてくれました。キバさんなら、
きっとできます。大好きな子ども達もAKB48さんも信じましょう」

親御さんや先生方から快く許可を頂いて、運動は広がっていきました。
その中で子ども達は伝えたい事と、目標を決めました。

被災地支援を続けるAKB48さんとSKE48さん、NMB48さん、3つのチームを合わせて144人。
その気持ちと応援にに感謝をこめて

【山田町からAKB48さん達に3倍のありがとうを伝えよう】

という運動になり、子ども達は感謝状も自分達で作りました。
そして子ども達は大人に頼らずに見事にその目標を達成しました。

感謝の手紙は144通が目標でしたが、それを上回る多くの手紙が集まりました。
そして感謝状も用意され、それを最後にマブリットキバと私たちが手紙を受けとりました。

全ての手紙を受け取って山田町を後にするときに一本の電話が鳴りました。

中学の先生からで、一人の生徒が手紙を入れ忘れ困っているとの事だったので、
もう一度山田町に戻り、それを受け取りました。

大好きな事を伝えたかったので、どうか手紙をよろしくお願いしますと
学校の先生と、生徒さんに深く頭を下げて送り出されました。

最後の手紙を私たちが受け取ったのは山田町で雪がちらつく12月の半ばでした。

そこからがマブリットキバはいかに約束を守ろうと努力をし、手紙と声を伝えようと
大好きな人達のために悩み苦労したのかをスタッフとして身近に見てまいりました。

この運動は多くの方々に温かく支えられました、ここで改めて山田町にて
ご協力いただいた方々と子ども達に感謝をするばかりです。

山田北小学校のみなさん、織笠小学校の皆さん、山田南小学校のみなさん、
山田中学校のみなさん、それを見守ってくださった教職員の方々と
山田町役場の方々、親御さんのみなさんに心から感謝を致します。

こうして山田町の皆さんの「ありがとう!」の気持ちを込めた子ども達の
「AKB48さんへの手紙と感謝状」は無事に用意をすることが出来たのです。

山田町子ども支援担当 山田町記録班
NPOいわて・郷プロジェクト 代表 畠山 吹雪より

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AKB48のメンバーのみなさんにお会いしてきました】

山田町の子ども達からAKB48の皆さんへの感謝状と手紙を託されて少し経ちました。

子ども達の期待を裏切らずに、またAKB48さんへ迷惑にならないように
届けるにはどうしたらよいか。私たちは色々と調べたりしておりました。

年末でしたので、AKB48さんは色々大事なイベントや番組の出演が相次いでおり、
これはご迷惑をおかけするだろうと思い、年内に届けるのはあきらめて
新年になってから直接に運営の方々に郵送なり届け先なりを聞いてみようと言う事になりました。

そして私たちもマブリットキバもせめて子ども達の手紙と感謝状だけは、
なんとしても届けたいと決意をして、私たちと一緒に東京へと出向きました。

山田町の子ども達の気持ちと手紙を、どうやって失礼の無いように届ければよいのか、
その手順や郵送先をAKB48さんの運営の方に聞いて、再度帰ってから届ける用意をするつもりでした。

しかし、私たちにとって奇跡のような事がおきました。

手紙の届け先を聞くつもりが、なんとAKB48の劇場支配人である戸賀崎さんに会うことができたのです。

手紙と感謝状の届け先を聞くつもりだった私たちを、山田町から来たのだと聞いて
劇場支配人の戸賀崎さんは驚きながらも笑顔であたたかく対応して下さいました。

「訪問で一番最初の日に伺った山田町の事を忘れることはなかったよ、
その後はどうなったのかととても心配していたんだよ」

戸賀崎さんは山田町の事を覚えていてくださり、その後をとても心配してくれていました。

私達は山田町に訪問と支援をして下さった事のお礼を戸賀崎さんに伝えました。
そして山田町の皆さんからの手紙と感謝状を代表として持ってきたこともお話しました。

私達は手紙を届けるには、どこに届ければよいのかを訪ねると、戸賀崎さんは

「そうか、わざわざ遠いところからそんなに大切なものを持ってきてくれたんだね。
いやあ、本当にうれしいよ、きてくれてありがとうね!」


と、笑顔でうなずきながら私たちに語りかけてくれました。

「大丈夫だよ!自分が直接にメンバーのみんなに手紙と感謝状を届けましょう!
手紙を持ってきているなら、今すぐ持ってきて下さい。自分はずっとここでまっています!」


と、うれしい言葉を言っていただいて、私たちは手紙と感謝状をもって再びたずねました。

すると戸賀崎さんとAKB運営のAKSの方々が集まって下さっておりました。

私達が手紙と感謝状をお見せすると、皆さんはそれを涙ぐんで手にとって見てくれました。
同席して頂いた運営のAKSの方々は昨年に山田町訪問に同行してくださった方々でした。

戸賀崎さんや運営のAKSの皆さんは

「手紙と感謝状は本当にうれしい事です。実は私達もメンバーと一緒に山田町に行きました。
その山田町からのお礼の手紙や感謝状なんて、本当にありがたい事です、
とくに感謝状は一番、良いところに飾ろうと思います!」


と、皆さん方に本当に心から喜んでくださいました。
そして運営のAKSの方々と当時の山田町訪問についてお話を聞かせていただきました。

山田町を選んだのは一番大変なところだろうと思ったから向かってくれたということ。
その時は遠野からの道で向かった事、コンビにもトイレも無くて大変だったこと。
そして、なによりAKB48のメンバーが訪問して、困っている皆さんに何が出来るのか?
本当は炊き出しで豚汁でもつくろうか、そのほうが良いんじゃないか?
いきなり山田町に行って、歌う事は迷惑になるんじゃないか?
と、はじめての被災地訪問の車中でその事を到着するギリギリまで考えたそうです。

しかし、訪問してくださったAKB48のメンバーのみなさんと運営の方々達は

【自分に出来る一番できる事は「歌」を届ける事なんだ。歌ってみんなに元気をとどける事なんだ】

と、自分にとって誰かのために出来る一番の事を選んで行うことに決めたのだそうです。

私たちは山田町のみんなが悩みながら訪問をしてくれたAKB48のみなさんに、
とても感謝している事を伝えました。

そして今回の事は大人の主導ではなく、小学校や中学校のみんなが自ら考え、子ども達同志で
協力して手紙や感謝状を書いたこと。それが山田町からの感謝する気持ちである事を伝えました。

するとその事を聞いていた運営のAKSの方々が

「これはとても大切な手紙と感謝状ですので、私たちがメンバーに渡すのではなく、
きてくださったみなさんが直接にメンバーに渡してください。今日はメンバーが
全員いるので、今からすぐに向かって、メンバーにその手で渡して山田町の事を伝えてください
メンバーも、その後の山田町をとても気にしていたので、きっと喜びますよ!」


と、すぐにメンバーさんのところへと案内をされました。

そこでも私たちはAKB48SKE48NMB48さんの各被災地への訪問や体験、
それを行うことの悩み、大変さ、何よりそれ以上に辛い被災地の人々へ
自分達にできる一番の事をやろうという、AKB48グループのみなさんの
考えと決意を聞き、優しい気持ちと思いやりに触れることができました。

私たちが運営の方々とお話していると、すぐにAKB48大島優子さんが来てくれました。
私たちが山田町から来た事、子ども達だけで手紙や感謝状を書き集めたこと、
そして今でも山田町のみんなはAKB48さんに感謝して、応援している事を伝えました。

優子さんは

「えー!本当ですか?!山田町から?!うわー、うれしいです!」

と、おどろきながら笑顔で私たちを出迎えて下さいました。

そこで優子さんは自ら被災地の訪問について色々な想いを話してくださいました。

「私たちは去年から被災地に訪問させてもらっています。
でも、私たちはその後、被災地がどうなったのかを知らないんです、
建物はできたのかな、山田町は変わったのか、ガレキは無くなったのかなぁって、
今は雪が降っているだろうし、みんなは本当にどうなっているのかを心配するばかりでした。
だからこうして、山田町の皆さんの声と届けてくれて本当にうれしいんです」


と、真剣に自分の気持ちをお話してくれました。さらに、

「私達がいったとき山田町は電気も、ガスも、水道も止まっていましたね、
そんな状況の中で皆さんが本当に辛い思いをしている事も着くまで知りませんでした。
被災地にいって、おどろきました。はじめてみなさんの本当のつらさを知ったんです。
今、山田町はどんな感じですか?みなさんは大丈夫ですか?元気ですか?」


と、言う事や

「道が整備されないと雪がふったり、凍結したりで登下校も大変ですよね、
明かりも少ないなら、なおさらに心配ですよね。学校のみんなはケガとかしていませんか?」


と、何度も山田町のみなさんの事を思って話をしてくれました。
私たちは今までの事と、今の山田町の現状を正直にお話ししました。

ガレキは一箇所に集められ事、優子さんの期待通りには復興はしておらず、
なかなか建物なども建つめどが立っていないこと、最近になって
ようやく国道に信号が設置された事、いまだに街灯の無い場所が多い事、

私たちは山田町の人達と約束した通り、偽り無く、現状を正直にお話いたしました。

優子さん達は震災の後に、一生懸命に誰かのためにと活動を行ってきました。
なかなか現地の人も思うように進まない被災地の現状を聞いて、

「そうですか・・なかなかに進まないものなんですね・・・」

と、優子さんは少し悲しそうな表情をしました。

でも私たちは優子さんに悲しい報告ではないんですと伝えました。

環境は厳しいけれど、その中でAKB48さんが訪問してくれた事で
どれだけ多くの子ども達や現地の皆さんたち、私たちも勇気付けられて、
その思い出を胸に今も頑張っているかと言う事を伝えました。

そして、AKB48さんを大好きだと言う子ども達を見て、
現地の大人の方々も元気と笑顔をもらっている事をいっぱい伝えました。

優子さんは笑顔を交えながら、真剣に話を聞いてくれました。
うなずきながら何度も気になったことや、自分たちにできる事が、
本当に皆さんの元気や笑顔の為になっているのかと言う事、
被災地についてAKB48さんの悩んでいた事も、
私たちに隠さずに色々とお話してくれたのです。

私たちは子ども達や現地のみんながAKB48さんに感謝している事、
今でも訪問や各地に支援をしてくれている事を有り難く思っている事、
今回の小学校や中学校の子ども達が書いた手紙こそが山田町からの
正直な感謝の気持ちである事を伝えました。

そして、子ども達からですと手紙と感謝状を優子さんに渡して見せました。

優子さんは大変に喜んで、

「わー!すごーい!これ、うけとって良いんですか?!見てもいいですか?!」

と、机の上に並べた手紙と感謝状を優子さんは笑顔でじっと読んでくれました。

ふと、読んでいる優子さんが静かになったので、私たちは感謝状に
何か失礼があったのではないかと心配になって様子を見ました。

すると優子さんの目から大粒の涙がポロポロと流れている事に気づきました。
何度も手紙や感謝状を手で優しく撫でながら、流れる涙を拭こうともしませんでした。

優子さんは皆さんが書いた感謝状と手紙を見つめたまま、

「うれしい、本当にうれしいですね・・・ありがとう」

と、感謝状をみつめ泣きながら微笑んで優しく言って下さいました。

その涙を見てはじめて私たちは被災地訪問を行っていることへの
AKB48さんのメンバーの方々の見えない苦労がある事、
自らが望んで行ったことの答えに悩み続けていたのかを感じました。

そして私たち自身も子ども達の想いにまっすぐに応えてくれた
優子さんの優しさと涙と笑顔を見て、震災からの出来事が走馬灯のように流れました
手紙を書いた子ども達の顔が思い出され、胸がいっぱいになりました。

そこへ、AKB48篠田麻里子さん、指原莉乃さん、柏木由紀さん、
SKE48松井玲奈さん、NMB48山本彩さんが駆けつけて下さいました。

6人のみなさんは去年の5月22日に山田町を訪問して支援をして下さった方々です。

もちろん、今現在もメンバーのみなさんは被災地を訪問し、支援を続けています。
運営の皆さんもおっしゃられていましたが、このメンバーさんが集まる事はほとんど無く、
現在のAKBグループの中でもエースやキャプテンなどをつとめるすごいメンバーさんです。
6人のメンバーの皆さんがそろって、私たちの目の前に並んで下さいました。

そこであらためて、山田町のみなさんからの感謝状や想いを書いた手紙を持ってきたこと、
避難所での出来事や、皆子ども達が今、どういうふうに学校生活や仮設や家での生活を送っているのか、
何よりも、AKB48のみなさんの訪問や支援ににどれだけ笑顔と元気をもらったか、
そしてAKB48の皆さんの歌に救われた子どもの事、
山田町の皆さんからお預かりしたメッセージを伝えました。

山田町の生徒さんがすぐに大人になってAKB48のCDを買いたいと言っていた事や
山田町で握手をしてもらった事を今でも一番の思い出にしてくれている子どもの事、
歌ってくれた事で、大人たちが「こんな環境だからこそ、聞きたい歌を聞かせたい」と考えを変えた事、
歌を聞いて喜んでいる子ども達を見て、大人たちがたくさんの子どもの本当の笑顔と元気を見れた事、
AKB48の皆さんの訪問から「音楽と娯楽は不謹慎」という大人の考えが変わっていった事、
お礼を伝えようと握手会に行こうと思ったが、全然握手券が取れなかった事、
子ども達がファンでいることを誇りに思っているという事、

山田町のみなさんから預かった伝言も、できるだけお話してきました。
そして、悲しい報告や何かをお願いをしに来たのではなく、
訪問をしてくださったり、今でも各被災地への支援や訪問をしてくれている事に
「ありがとうございます」と山田町の子ども達や皆さんから
託された感謝の気持ちと言葉をもってきたのですと伝えました。

優子さんや篠田さん、指原さん、柏木さん、玲奈さん、山本さんは
山田町のみなさんのメッセージを聞いて、話の中で涙をながしてくださり、
一つ一つ真剣に聞いてくれました。そして何度も話にうなずいて下さいました。

大島優子さんは涙を流しながら、笑顔で何度もうなづいて聞いてくれました。

篠田麻里子さんは真剣な顔で、一つ一つの言葉にうなづいて聞いてくれました。

柏木由紀さんは涙をうかべて、目をそらさずにじっと聞いてくれました。

指原莉乃さんは涙をふきながら、みんなのメッセージを聞いてくれました。

松井玲奈さんは最初から一度も目をそらさず、真剣に話を受け取ってくれました。

山本彩さんはずっと真面目に、みんなからのメッセージを聞いてくれました。

最後に、今回のみなさんの手紙運動を見守ってくれた先生方や親御さん、
校長先生や役場の皆さんからの言葉をつたえました。

その言葉は学校に通う生徒のみなさんからも私たちが何度も聞いた言葉です。

「いつか、山田町からAKB48のオーディションを受けて、受かった子が
AKB48に入って、メンバーの皆さんに恩返しする事。それがみんなの夢なんです」


そう私たちはメンバーのみなさんに伝えました。

6人のメンバーの皆さんはそれを聞いて涙をながしたり、
涙ぐんだりしながら素敵な笑顔で、強く何度もうなづいてくれました。

山田町の皆さんのメッセージを伝えたあと、最後に
山田町に来てくれたこと、今でも各被災訪問支援を続けてくれていること、
山田町のみんなの手紙や感謝状を快く受け取って頂いて、話を聞いてくれたこと、
すべてに感謝して皆さんから預かった大事なメッセージをつたえました。

山田町のみんなや私たちがつたえたかった事、それは大きな声で

「ありがとうございます!」

とメンバーの皆さんに心をこめて伝えることでした。

山田町のみんなの思いをこめて、ありがとうございます!と、
大きな声で感謝の気持ちを伝えてきました。

メンバーのみなさんも、それにあわせて深く頭を下げてくれました。

一番大切な気持ちをつたえられて、その気持ちをメンバーのみなさんが
真剣に、一度も目をそらさずに聞いてくださって、私たちも何より嬉しかったです。

そして、預かってきた手紙と感謝状を皆さんに手渡しいたしました。

AKB48さんへの感謝状は大島優子さんが、

SKE48さんへの感謝状は松井玲奈さんが、

NMB48さんへの感謝状は山本彩さんが、

山田南小学校の皆さんの手紙は柏木由紀さんが、

織笠小学校と山田北小学校の皆さんの手紙は指原莉乃さんが、

山田中学校の皆さんの手紙は篠田麻里子さんが、

それぞれ代表でしっかりと受け取って下さいました。

それだけではなく、メンバーの皆さんや運営の方々のその場の案で、
今回の事を山田町のみなさんにわかりやすく伝えるために、

「山田町のみんなの手紙や感謝状はちゃんとうけとったよ!という写真を撮りましょう!」

と言う事になりました。そしてメンバーのみなさんは快く笑顔で並んで頂いて写真を撮って下さいました。

伝えに行ったスタッフは自分は写るのはまずいと伝えたのですが、
「届けに来てつとめを果たしたと言う事で、是非とも一緒に!」という事になりました。
本当は戸賀崎さんと手紙の受け渡しの写真でも撮って頂ければというつもりだったのですが、
私たちとしては大変に恐縮し、ファンの皆様には本当に申し訳なく思っております。

記録

写真でメンバーのみなさんが手に持っているのが、
山田町の各学校の子ども達からの手紙が入った封筒とそれぞれの感謝状になります。

さらにそれだけではなく、運営の方々やメンバーの皆さんの提案により
最後にみんなで寄せ書きをしよう!という事で、メンバーのみなさんが
山田町の皆さんに感謝をこめて、とサインを寄せ書きしていただきました。

優子さんが「山田町の」と書いたところで一度ペンを止めました。そして、

「子ども達・・・だけじゃないですよね、大人の皆さんも見守ってくれたんですよね?」

とおっしゃったので、私たちも「はい!」と元気に回答致しました。
そして「山田町の皆さんへ」と、書いてくださったのです。

メンバーのみなさんの何気ない優しい気配りに私たちも涙をこらえる事が精一杯でした。

色紙

そして寄せ書きを頂きました「山田町の皆さんへ」という部分は大島優子さんが、
その後は指原莉乃さん、柏木由紀さん、松井玲奈さん、山本彩さん、篠田麻里子さんの順番で、
とても優しく、心をこめてサインを寄せ書きして下さいました。

よく見ると、サインには大島優子さんが小学生低学年の子どもに
分かりやすいように「ゆうこ」と付け加えてくれています。

また、指原莉乃さんもわかりやすいように「さっしー」と書いてくれた上に
「またいきます☆」と優しい気持ちで付け加えてくださっています。

この寄せ書きのサインからもメンバーのみなさんの優しい気持ちがあふれています。

そして、このメンバーさんの集合のサインの寄せ書きは今までになく、とても貴重なものです。
それは「レアだから」と言う事ではなく、心をこめて書いてくださった気持ちの表れなのだからだと
私たちは思います。

最後に私たちはメンバーのみなさん一人一人にお礼を言って別れました。

メンバーのみなさんは

「遠いところから来てくれてありがとうございました!」
「本当にありがとうございました!」
「無理をしないように、気をつけてくださいね」
「山田町のみなさんにどうかよろしくと伝えてください」

と、いうように優しく笑顔で、力強く言ってくださいました。

最後に大島優子さんが見送って下さり、言葉を頂きました。

「どうか、どうか。みなさんも、そして山田町のみなさんも体を大事にしてください、
無理はしないで下さいね、そして、今日はたずねてくださり本当にありがとうございました!
本当に、本当にうれしかったです!山田町のみなさんにもよろしくと伝えてください!」


と、とてもていねいに労いの言葉もおっしゃってくださいました。

そして、被災地のみなさんが前に進んでいくかぎり、
運営の方々やAKB48SKE48NMB48のみんなは

【支援と応援をやめることは絶対にない、ずっと続けていきます】

と、力強い決意に満ちた言葉を下さいました。

その後はメンバーさんはお仕事に戻っていきました。
本当であれば、メンバーのみなさんにとっても運営の方々にとっても、
一日の仕事の中での分刻みの中、大事な時間であった事は私たちも知っておりました。

そしてあとから知りましたが、指原莉乃さんはその時に体調を悪くしていたのに、
それを見せないで、山田町のみなさんからの手紙が来たということで、
笑顔で私たちと山田町のみなさんからの手紙を受け取って下さいました。

時間にして、20〜30分もメンバーのみなさんは山田町のみなさんの為に
スケジュールを空けて、話やメッセージを聞いてくださり、笑顔で受け入れてくださったのです。
本当にここには書ききれないぐらいにいっぱいのお話を聞かせてくれたのです。

優子さんが言っていた事があります。

「私たちは訪ねた被災地がその後どうなったのかを知らないんです。
だから、こうしてたずねてきてもらった事が、本当に、心からうれしいんです」

被災地を訪問して、その後はすぐに仕事にもどり、寝る時間もおしんで、
みんなに笑顔と元気をあたえる。AKB48さんたちはいつも、
自分達の夢を追いながら誰かのために、と全力で前を向いて走り続けています。

それが応援してくれるみなさんに対する、自分たちにできる大事な答えだからなのだと思います。

それには努力をおしまずに、前を向いて全力で走り続けなければならないのです。
とてもいそがしい毎日を送るAKB48さんは、後ろをすぐに振り返ることがとても難しいのです。

みなさんも好きなことや誰かのためにと決めたとき、まっすぐにそれに向かって進んでいく事と同じです。
AKB48のみなさんは特別な人間ではありません、優しい気持ちを持ち、時には悩む、
みなさんと同じ人間なのです。

期待に応えようと一生懸命に、応援してくていれるみんなに答える事だけに
彼女達は全力を注いでいるのだと、
一人でも多くの人に、笑顔と元気を与え続けていきたいとメンバーの皆さんや運営の方々は心から願って
想像もできないほどの苦労と努力しているのだと
私たちは直接に会って、お話をしてそう思いました。

努力をして応援してくれているAKB48さんや支援や応援をしてくださっている全ての方々に
被災地で働いている私たちに何ができるのでしょう。
被災地で働かせてもらっている私たちはそれを今一度考えなければいけません。

それは助けて下さり、応援して頂いている皆さんに今の状況とお礼を伝えていって、
支援をして頂いている方々を逆に応援をするくらい、応えていくことではないかと思いました。

そしてAKB48さんのように、努力して、勉強もして、自分達も一緒に前を向いて進んでいこう!

という前向きな気持ちこそが、AKB48さんや応援をして下さっている
全ての方々の想いに答える大切な事ではないかと私たちは思うのです。

新しい町はこれから色々な方の力を借りて、みなさんが作り上げていきます。
おそらく、10年後の被災地の発展期には主役となっているのは、
今の小学生や中学生、高校生達であると思います。

今回のAKB48さんの優しさを子ども達はきっと忘れる事はないと思います。
大人になって辛いときに、自分自身を救うのは子供の頃の楽しい思い出です。

山田町の子ども達にとって、AKB48さんと繋がった幸せはきっと良い未来をつくるのだと思っております。

私たちとしても、その子ども達や現地のみなさんに少しでも協力していけるように、
被災地で今後も働いていって、未来の街づくりに少しでも貢献できる様に邁進いたします。

そして、それを見届け、何も言わずに去る事が私たちの夢です。

そして今回、子ども達が手紙を書き、届ける事を山田町の様々な学校の校長先生や
副校長先生、先生方やお父さん、お母さん方もそっと温かく見守ってくれていました。
大変な状況の中、快く笑顔で子ども達の夢を許してくださった事に深く感謝致します

報告の最後になりますが、私たちがお礼をつたえて帰ったあとで
感謝状を受け取ったSKE48松井玲奈さんが自分の公式ブログに
今回の事で想った事を書いてくださっておりました。

それを読んで当方のスタッフ達は泣きました。
感情的になってはいけないと震災からずっとこらえ我慢してきた涙です。

私たちとして、山田町のみんなの「ありがとう」を少しでも届けられた事を、ただ嬉しく思うばかりです。

私たちも玲奈さんのように優しい心と感謝を忘れずに、必ず前に進んでいく事を心に誓いました。

そして今回、快く会ってくださったAKB48大島優子さん、篠田麻里子さん、
柏木由紀さん、指原莉乃さん、SKE48松井玲奈さん、NMB48山本彩さん、
急な中、AKB48のメンバーの方々に会わせてくださり、
被災地と山田町のことをメンバーと同じように心配して思ってくださっていた、
AKB48劇場支配人の戸賀崎さん、運営であるAKS北川さん、
スタッフのみなさん、NHKのエグゼクティブ・プロデューサーの石原さんのような
素敵な大人の方々にも「ありがとう」と心から感謝の気持ちを改めてここで伝えさせて下さい。

山田町の子ども達の夢と想いにまっすぐに応えて頂いて、本当に有難うございます。
私たちも子ども達も決してこの事を忘れる事はありません。一生の宝物です。

震災の中で裏切られ、活動を利用された事、多くの親しい人を失ってしまった事、
悩み続けて来た私たちを、優しく笑顔で明るい光に導いて答えを下さった事を感謝しております。

そして今回、私たちに大事な役目を与えてくれた山田町の皆さん、
私たちを信じて大切なものを託して下さって本当に有難うございます。

これを読んでいるみなさん、みなさんは一人ではありません。
様々な方々に見守られているからこそ、社会と言う世界の中で生きていけるのです。

休むときはおもいっきり休んで、少しずつ、みんなで前に進んでいきましょう。
私たちは、これからも山田町の皆さんのためにお手伝いをしていきます。

明るく元気に、笑顔で一歩ずつ、踏み出していきましょう。

最後に、応援と支援をして頂いている方々全てに、心から感謝を致します。

みなさん、本当にありがとうございます!

山田町子ども支援担当 山田町記録班
NPOいわて・郷プロジェクト 代表 畠山 吹雪より

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【山田町の学校と子ども達へAKB48さんにあってきた事の報告を行いました】

AKB48さんに山田町の子ども達の感謝状と手紙を届けた後に、
私たちは報告のためにレポートなどを用意して山田町へと報告に行きました。

山田町の学校はちょうど始業式が終わった時期でした。

私たちはレポートやAKB48さんに撮って頂いた写真やサインを携えて、
まず学校の校長先生や教職員の方々に報告をさせて頂きました。

先生方も手紙運動を見守っていらっしゃったので、その後どうなったのかを心配して下さったり、
いざAKB48さんに渡せなかったらどうしようと思って私たちの立場に関しても配慮をして頂いておりました。

私たちはAKB48さんにお会いできた事をレポートを交え、お話しました。

メンバーの方々が直接に私たちに会っていただいた事、

子ども達からの手紙と感謝状を笑顔で快く受け取って下さった事、

運営の方々もとても心配されていて、山田町から来たと聞いて喜んで頂いた事、

山田町の皆さんからのメッセージを伝えて、メンバーの皆さんが泣いていた事、

メンバーの皆さんは訪問に来たときの事を詳細に覚えていて下さった事、

被災地を訪問するメンバーの皆さんの苦悩しながら誰かのためにと活動している事、

サインも写真もメンバーの方々や運営の皆さんのお気遣いで頂けた事、

全て、ありのままにお伝えしました。

学校の先生方や親御さん達は、歓声をあげて自分の事のように喜んで頂きました。
それと同時に名誉も地位もあるAKB48さんにどれだけの苦労があるのか、
歳も若いメンバーの皆さんや運営の皆さんがどういう想いと決意で被災地への訪問や
応援を行っているのかを聞いて、先生方も親御さんもたまらずに涙する方も多くおりました。

悩みながら誰かのためにと活動をしていくメンバーさんや運営さんの話を聞いて、
なぜAKB48さんが子ども達にこれだけ愛されているのかが理解できたと、
先生方や親御さん達も何度も目に涙を溜めて感動しておりました。

楽しいだけではない、華やかなだけではない、苦労し、努力を積み重ね、期待に応えようと自問自答し
自ら答えを得る前に走り続けて悩む姿に、子ども達は自分の気持ちも同調して重ねる事ができるのでしょう
と先生方はおっしゃいました。

明るい場所にいる彼女たちは全てを持っているの様に見えてそうではない、分刻みのスケジュールの中
自由に振り返る余裕がない中で誰かのためにと、一生懸命に活動しているのだと知った先生方や親御さんは
大変に有難い事ですと感謝をし、山田町の子ども達のために向き合ってくださった事に
何度もお礼を述べて下さいました。

そして、報告が終わった後に先生方は

「これは私たちから伝えずに、できれば直接にお会いしてきた皆さんから手紙を書いた子ども達に
ありのままの優子さん達の言葉やAKB48の皆さんの考えと気持ちを伝えて下さい、
そのほうが子ども達も絶対に喜ぶだろうし、きっとそこから大切な事を学ぶはずです」


と、お願いされ私たちもそれができるのならと快く了承しました。
後日、子ども達の授業の妨げにならない時間を先生達に用意してもらって、
子ども達へ直接に報告会を行わせて頂きました。

学校で緊急に放送を流してくださったり、手紙を出した子ども達を集めて下さって、
大勢の子ども達が集まる中で先生も交えて、子ども達への報告会が始まりました。

私たちは大きな声で子ども達に報告を始めました

AKB48大島優子さん、篠田麻里子さん、柏木由紀さん、指原莉乃さん、SKE48松井玲奈さん、
NMB48山本彩さんが山田町の学校のみんなからの手紙を直接に受け取って下さいました!」

子ども達は大歓声をあげる子もいれば、手を取り合って「やったー!」と飛び跳ねる子もいたり、
事の重大さが飲み込めずしばらくポカーンとしてから、我を忘れたようにはしゃぐ子もいました。
とにかく子ども達はAKB48のメンバーさんが直接に会ってくれて、手紙と感謝状を
受け取ってくれた事に「すごーい!」「信じられない!」ととにかく大喜びするばかりでした。

その笑顔は本当に輝いていて、私たちも先生方も笑顔になりました。

そして、子ども達の満面の笑顔の中、大島優子さんの気持ちやAKB48としての気持ち、
それを支えてくれている運営の方々の気持ちを子ども達にできる限りわかりやすく話しました。

被災地を訪問しているAKB48さんの気持ちや、それを振り返ることができないもどかしさ、
訪問する事で本当に誰かのために活動できているのかと言う答えの得られない苦悩をしていた事、
応援してくれる恩返しの為にもと自分達に一番できる「歌」で
誰か一人にでも笑顔になってくれればと心から思っている事、
真剣にみんなの事を忘れずに心配してくれていた事、出会った人々の事も、山田町の事も
覚えてくださっていた事、

そしてみんなからの手紙と感謝状を受け取って、人目も気にせずに涙を流して喜んでもらった事。

優子さん達からの言葉を聞いて、子ども達は静まり返って真剣に聞いていました。
涙を流して聞く子ども達もいました、子ども達にとってメンバーの皆さんの苦悩や決意、そして
気持ちを真正面から受け取ってくれたと言う事は予想を上回る事だったからだと思います。

そしてメンバーの皆さんの涙は決して悲しい涙ではなく、
山田町のみんなの「ありがとう」の気持ちが嬉しくて泣いていたんだよと言う事を伝えました。
子ども達は少しでもみんなの気持ちがメンバーの皆さんのためになってくれたのだと知って、
安心して照れながらすぐに満面の笑顔になりました。

そしてそれを傍で聞いてくれていた先生達も涙ぐみました。

その後は撮影してくださった写真と頂いてきた寄せ書きのサインを見せながら報告をしました。

子ども達は写真を見ては

「本物だー!優子さんだ!」 「さっしーだ!うれしい!」
「れなちゃんだ!ゲキカラだー♪」 「ゆきりんだ!わー!すごい!」
「マリコ様、テレビと同じでキレイだね!」 「さや姉やっぱりカワイイよね!」

と満面の笑顔で喜び、サインを見ては

「すごい!はじめて本物を見た!」 「さっしー、またきてくれるかも!」
「私たちに書いてくれたんだ、うれしいよー!」
「このサインは奇跡だとおもう、感動する!」 「どうしよう、すごくうれしいんだけど!」

と、寄って来ては喜び、興奮して見入っておりました。
そこには私たちが今まで見たくても見れなかった子ども達の本当の笑顔が溢れていました。

そして子ども達はほんの一部の女性の先生達しか気づかなかった事に気づきました。

「優子さん。写真を見ると笑っているけど泣いているのがわかるよね、
うれしいな、よかったな、私たち力になれたのかな?」


その言葉を聞いて、私たちや先生達は涙が溢れそうになりました。
一番気づいて欲しかった大切な事に子ども達はちゃんと気づいてくれました。

たとえ距離が離れていても、心は通じ、優子さん達の想いを受け止めてくれたのだと思い
嬉しくなりました。

支援の大小や誰に何かをしたかの理屈ではなく、誰かのためを想い行動する事の大切さを
AKB48の皆さんは涙を隠さず、笑顔を見せる事で
子ども達や大人の私たちに離れた場所からちゃんと教えてくれたのです。

「山田町にまたきてくれるかな?でもさ、ちゃんと立派になった山田町を見せなきゃだめだよね!」

「元通りになって、今度はちゃんとコンサートのお仕事で来てほしいよね!」

「私たちもさ、どんな事があってもさ、優子さん達みんなをおうえんしていこうよ!」

子ども達の発言を聞いて、私たちは子どもとはなんと素晴らしい存在なのかと再確認しました。
きっと僅かな報告の中で、子ども達は自分たちに何ができるのかを悟ったのだろうと思いました。

そして、最後は感謝の気持ちを忘れないようにと子ども達がパネルに寄せ書きをしてくれました。
実はメッセージパネルは子ども達は昨年の年末に、もし届ける事ができたら感謝の寄せ書きをしようね!
と私たちに相談をして、密かにつくりあげていたのです。

材料はみんなで相談して持ち寄り、足りないものは私たちが頼まれ、岩手の内陸で購入してきました。
私たちは届ける前に「なぜ子ども達は手紙を届ける前に、寄せ書き用のパネルを用意するのだろう?」と
疑問に思いながら手伝っていましたが、この度の一件でそれがわかったような気がしてならないのです。

子ども達は用意していた寄せ書きパネルに、代表の子ども達それぞれが
思い思いのメッセージを書き込みました。

teamA teamK teamB
teamS teamN

そこには「誰かのために」と活動をしてくれているAKB48のメンバーさん達に対して、
感謝と愛の気持ちが満ち溢れました。

私たちが「今度はきちんとファンレターとしてメンバーのみなさんに届けようね」というと

子ども達は「うん!いっぱいうれしかったから、今度からはそうするね!」と笑顔で応えてくれました。

こうして、笑顔で子ども達や先生方に見送って頂いて、
今回の報告会は大人も子供も笑顔で無事に終了いたしました。

その後も先生たちや親御さんと今回の件について話して、最後に学校の掲示板に張れる様に
まとめたレポートと報告の用紙を学校の方々にお渡ししてきました。

そして、山田町にまた被災地の静かな日常が訪れるようになりました。

おかげさまで私たちは「AKBに手紙を届けた人」として子ども達に覚えて頂けることが多くなりました。

先日も学校にうかがった際に、下校中の子ども達に挨拶され、声をかけてもらいました。

「AKBに届けた人だー!こんにちは!この前はありがとうございました!」と元気な挨拶をもらいました。

私たちは
「いやいや、みんなが手紙と感謝状を書いてくれたから届けただけだよ。ちなみに誰のファンなの?」
というと

子どもは照れながら嬉しそうに「ゆうこさんだよー♪わたしはゆうこさんのファンなの」と笑顔で言いました。

「そうかー、ちゃんととお返事をもらえて嬉しかったね、ゆうこさんを応援してよかったね」と私たちが言うと

「うん!うれしかった!」と満面の笑顔で答えて、元気そうに手を振りながら下校していきました。

優子さん達やAKB48の運営の皆さんは言っていました。

【私たちは訪問した被災地のその後がどうなったのかを知る事はなかなかできないのです】

この気持ちは支援や応援をして下さった方々も同じ気持ちなのだろうと思います

しかし、私たちや子ども達は今こそ声を高くして言う事ができます。

AKB48のみなさん。みなさんの活動や応援は確かに子ども達に、伝えたい人々に届いて、
笑顔になっているのです。

感謝してもしきれることではありません。大切な事を教えて頂いた私たち大人は
これから子ども達を必ずに守って参ります。

そして全国の皆様、世界から支援や応援をして頂いている皆様へ

私たちは心から感謝をしています。それは大人であっても、子ども達であっても変わりません。

皆さんがいてくれたからこそ、優しさは尊敬へと変わり、命は明日へと繋がっていくのです。

本当に、本当にありがとうございます。私たちも期待に沿えるように努めて参ります。

全ての皆さんに、感謝の意を表して。今回の報告を終了とさせて頂きます。

見守ってくれた皆様、応援してくれた皆様、そしてまっすぐな優しさを教えてくれた子ども達と

それを笑顔で受け止めてくれたAKB48のみなさん、SKE48のみなさん、NMB48のみなさんに

心からの「ありがとう!」を送らせて頂きます。

山田町子ども支援担当 山田町記録班
NPOいわて・郷プロジェクト 代表 畠山 吹雪より

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AKB48さん達とお会いして学んだ事】

山田町の子ども達からの感謝状と手紙を最初に駆けつけて
受け取って下さったAKB48大島優子さん。

感謝状と手紙を見て、流れる涙を拭くことなく「嬉しい」と笑ってくれたその姿に
私たちはとても驚くとともに、大切な事を教えて頂いたような気がしました。

大島優子さんやメンバーの方々の涙、運営の方々の涙、それらを見たとき
震災からの悲しみや出来事が走馬灯のように流れ、私たちも胸がいっぱいになりました。

私たちは被災地で働き続けて約一年になります。

その中で支援や応援をされている方に直接にお会いする機会もありました、
ですが「誰かのためにと働いて下さっている方々」が涙するのを見たのははじめてです。

支援をして頂いている方々には様々な苦労や想いがある事を私たちは知っております。
支援物資や支援は決して「物=モノ」ではない、一つ一つに他人を想う気持ちが詰まっている
「人と人とを繋ぐ命との結晶」であると私たちは胸に刻み、忘れてはいけない事だと心がけております。

人はコンビニで募金をする事にすら重大な決心と苦労をするものなのだと思います。
自分で誰かのためにと想い、物一つ送るのも、一円を募金する事も容易な事ではありません。
とても負担がかかる事だからこそ、それが物一つ、一円であっても大切なもので
決して無駄にする事はできないのです。

私たちは被災地へと支援物資を運んでおります。確かに被災地の皆様からは感謝される事もあります。
しかし、その感謝は「託された想い」を届ける仕事の私たちに向けられる事は間違っています。
私たちは支援をされる皆様から想いを預かって現地に届けているだけと言っても過言では無いからです。

ですから私たちは物資を運ぶ場合は「何処の誰からのご支援です」といって手渡しをする事にしております。
どの様な方の助けがあってこそ私たちの活動できているのかを説明させて頂いております。

「私たちは誰かを助けている」など、満悦に自ら語り、
それをもって危機感のみを煽り、他に支援を求めるのは間違いです。
「誰かを助けたい」のならば、まず自らがそれを行い、
自分の力でできる限りの献身してから判断をするべきです。

なによりも支援を受ける側も、支援を行ってくれる方々も人として尊厳をもっていらっしゃいます。
支援を受ける方々、そして支援を決意して頂いた皆様の心中を察し、ご苦労を考えれば、
「自分は誰かを助けている」などとおごり高ぶった言葉は、それらを運んでいるだけの私たちが
決して言ってはならない言葉です。

支援提供をして頂いているのは、私たちではなく、全国や世界の方々です。
その方々は困っている人を想ってこそ、苦労をし、悩んで支援をして頂いているのです。
私たちは自分で望み、それを行っております。被災地で働く事は「望んだ仕事」だからです。

私たちの活動や被災地の方々を想ってのご支援を行ってくださるのは、
「誰かのために」と汗を流して下さっている全国や世界の皆様です。

今回お話をして下さったAKB48大島優子さんや運営の皆さんは
「支援」と言う言葉や「誰かを助けている」というような趣旨の表現や発言は一切ありませんでした。

「訪問させて頂いています」「自分達にできる事を精一杯行う」「誰かに少しでも笑顔になって頂ければ」
困っている誰かを思い、まず自らが行動し、できる事を行ってくださっていました。

被災地の情報が錯綜する中、人々を思い「誰のために自分達にできる一番の事を行おう」と決意し
安全が確保されない中、現地の惨状を見て炊き出しの方が良かったのかと悩んだ事、
しかし自分達が一番できる「歌とダンス」を選び、傷付いた人々前で笑顔で歌う。

大切な何かを失った方々を前にして、18〜20代のメンバーの方々が望んで「笑顔を」と行動をしてくれる事は
どれだけの勇気を必要とし、心に背負うものができるのかを
現地に行っている私たちは痛いほど理解しております。

しかし、その決断と行動が支援が薄くなった現在の被災地の子ども達にとって、夢の糧になっているのです。
AKB48さんの訪問は子ども達や現地の皆さんに「均等にできる心の支援」に繋がったのだと
私たちは思います。

音楽の支援はとても大事な事です。なぜなら音楽やエンターテインメントは
子どももお年寄りも関係なく、皆平等に見聞きし、それぞれが自分らしく感じて想う事ができるのです。

被災地という正解の無い中、悩みながら自問自答し、訪問した後も悩み考え続ける。
それを行うAKB48のメンバーの方々の流す涙を間近に見て、
現地で働かせて頂いている私たちは人として大切な事に気づかされました。

助ける側の方が、被災地を想って涙を流すという事はどれほどの想いであったのか、
どれほどの苦労をして下さっていたのか、どれほど悩んでいたのか、自らを戒めたのか、
訪問して下さった大島優子さん、篠田麻里子さん、柏木由紀さん、指原莉乃さん
松井玲奈さん、山本彩さんにお話して、まっすぐな瞳で真剣に話を聞いてくれながら、
涙を流すのを見て、手紙を届け報告した私たちは胸がえぐられるような思いをしました。

そして被災地の支援をされている方々の優しさや苦悩に改めて胸を打たれるばかりでした。
AKB48さんのメンバーの方々をはじめ、支援を行ってくれる方のほとんどが
現地が今どうなっているかを知りません。

それを聞くのも迷惑になる事だと判断し、自分の支援がどれほど役に立っているかを聞くことが
驕りのように思えるからです、ましてや名前の知られている方は【売名行為である】と
風潮される事があります。
誰かのためにと身を切ってくださった方が「現地の今を知る事ができない」のは残酷です。

しかし、「誰かのために」と現地に訪れ、不安を抱きながら汗をかき、自らを切り売りして支援をする事や、
「少しでも誰かを」と想う気持ちで自ら足を運んで、物資を送ったり、募金をすることに
無駄な事など一切ありません。

目に見える支援が全てではありません、むしろ目に見えないところで助けてくれている
ボランティアさんや全国、世界の方々の繋がりがあってこそ、誰かのためにという力は働くのです。

支援は「受ける方々」だけを感情的に見てはいけません。支援を「行ってくれる方々」の存在があり、
その両者の気持ちと情報がクリアーに通じてこそ、「誰かのために」という支援は成り立つのだと思います。

私たちはその間を繋ぐ「電話線のようなもの」であると思っております。
その私たちが感情的になったり、どちらかを優先する事は決してあってはいけません。
「助ける」と言う事はそれを受ける側の方々とそれを行う側の方々の誠意によって行われます。

私たちは子ども達の「元気をくれているAKB48さんへ」という切実な想いを受け取ってきました。

中にはAKB48さんに手紙を届けてもらえると聞いて、喜びのあまりに泣いてしまう子供もいました。
真冬なのにAKB48さんに支援してもらったという夏用の服を着て見せてくれた子供もいます。
寒風の中、一通の手紙を渡すために走ってきた生徒さんもおりました。

それらは形として見えない「誰かを想うことに応えようとする一途な気持ち」です。
「被災地への支援を行ってくれているAKB48さんを少しでも励ましたい」
復興もままならない被災地にあってその気持ちこそ、
私たちも震災の中で忘れかかっていた純粋で誇り高い想いです。

そしてその子ども達の気持ちを快く優しい笑顔で受け止め、泣いてくださった優子さん達の優しさも
カタチには見えない「誰かを想う一途な気持ち」です。AKB48さんの気持ちは
優しさに満ち、慈しみに溢れた「モノではない未来への支援」であると私たちは気づかされました。

お互いにお互いの思いを通じる事ができてこそ、その気持ちは繋がり、自らの答えにたどり着くのです。

私たちは今回の出来事は子ども達の未来への支援であることに気づかされたのです。

子ども達はこれからもAKB48さんと繋がっているんだ」という夢を抱いて、
被災地の未来を背負って生きていくのです。この出来事はきっと忘れる事はないと思います。

これからの「モノではない未来への支援のカタチ」という事こそ、
被災地で働かせて頂いている私たちは真剣に取り組み、考えていかなくてはいけません。

その事を気づかせてくれた子ども達や現地で見守ってくれた大人の方々、

AKB48大島優子さん、篠田麻里子さん、柏木由紀さん、
指原莉乃さん、SKE48松井玲奈さん、NMB48山本彩さん、

今でも被災地へ訪問してくださっているAKB48SKE48NMB48のメンバーの皆様、

運営のAKSの方々、そしてAKB48グループの皆さんを応援してくれているファンの方々に対して

私たちも子ども達も心から感謝をし、「ありがとう!」という気持ちでいっぱいです。

この方々がいてくれたからこそ、子ども達が夢を持ち、未来へと繋がっていくのです。

私たち現地で働かせて頂いている者は、決して感情や団体の看板や名誉などに固辞してはいけません。
影となり、気づかれなくても良いのです。それは自分達で「誰かのために」と選択したことだからです。

私たちは小さな団体です。ですが、皆さんからのご支援と気持ちを頂いて、それを届け、
自分たちが選択したことで責任をもって被災地で働く、その事に今後も変わることはありません。

改めて、その事の大切さと道理を教えてくれた山田町の子ども達と皆様、

被災地へ支援を行って頂いている全国の皆様、そして世界の皆様、

AKB48大島優子さん、篠田麻里子さん、柏木由紀さん、指原莉乃さん、
SKE48松井玲奈さん、NMB48山本彩さん、

AKB48グループの皆様と運営の方々、そしてそのファンの皆様に

心から「ありがとうございます!」と頭を下げさせて下さい、声高く感謝を述べさせて下さい。

いつか全ての皆様の夢や笑顔が溢れる未来を信じて働き、
私たちも「誰かのために」自分達にできる事を慢心することなく働いてまいります。

全ての皆様に心から感謝をし、元気と笑顔が訪れるその時を信じて。

NPOいわて・郷プロジェクト 代表 畠山 吹雪

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【マブリットキバから】

【マブリットキバとして】

* *

うむ、全国のマブダチのみんな、夕陽を見ているかい

ふるさと無き復興の鬼、守人牙ことマブリットキバだ

今回は山田町の子ども達の想いと手紙をAKB48さんに届ける使命を果たしたぞ

ズバリ言わせてもらおう、今回の件についてオレは最初は乗り気じゃなかった

オレはAKB48さん達のファンで、子ども達も好きだ

AKB48さんからは元気と勇気をもらっているし

子ども達はオレを生かしてくれている

そのどちらにもウソはつけないし、夢を傷つけることは許されない

ファンであるなら、厳格にルールに従って行動するのがお約束だ
たとえ善意とはいえ、それが迷惑になることもこの世にはいっぱいある

子ども達が手紙と感謝をとどけたいと聞いたときは正直断ろうと思った

どちらかの夢を壊したり、約束を守れなかったり、ルールを守れなかったら
迷惑をかけるってことになる。それは決してあってはならないことだ

オレはAKB48さんのファンだ。ヲタと言っても過言ではない
MIXも完璧だ、むしろヲタと誇らせて欲しい。いや、あんまり関係ないか
つまり、ヲタだからこそルールを守って楽しみ応援すべきなんだと言う事だな

子ども達に対してもそれは同じだ。夢を壊す事はあってはいけない

鬼のオレから見れば人の世は悲しい世界に見えるときがある
早く早くと急かす声にあふれ、優しさを見せる者は痩せていく
満ちたりる事も、たりなすぎることにも人は結局満足できない
正直に生きる事をしてもどこかで他人を傷つけていってしまう

人に優しくしようとしても、この世の中は危険が多すぎる

オレは震災で多くの大切な人を失った、そこから人に接する事が苦手になった
どんなに今、被災地で働いていても救えなかった命は救えなかった

命を救えなかった己が憎いし、力になれなかった己を許す事はできない
だから疲れて寝るまで、被災地で働き続ける事がオレにできる全てだった
そうして忘れる事で、向き合わなければいけないモノからオレは全力で逃げてきた

だから、子ども達に真剣に頼まれ、約束をする事が恐ろしかった
ましてや、愛するAKB48さん達に向かい合うなんてオレには無理な話だ
全てから逃げ続けているオレの心の弱さを見透かされているように思えて怖かった

「愛する者に向かい合わなければならない」

オレの気持ちの拠り所であるAKB48さんに、こんなカタチで向き合うとは思わなかった
ただ楽しく応援するわけじゃない、子ども達の気持ちを届けなくてはいけない

そこからは迷ったし、悩んだ

ファンレターとして発送するにしても宛名の書いてない子もいるし、
数が多いので、バラになるとわからなくなってしまう
つまり、感謝状も手紙も一つで届けなきゃいけないので
ファンレターにしても一度問い合わせをしなきゃいけない

もしAKB48の運営さんに

「ちゃんとしたファンレターじゃなきゃ受け取れません」

なんて言われたら、オレは子ども達にどう言えばいいんだろう?
それを考えるといたたまれない気持ちになった

でも、夜に預かった手紙と感謝状をまとめていてわかった

子ども達は真剣に大好きなAKB48さんに向き合って、
頑張って歌い続けるAKB48さんに少しでも力になりたいと思っているんだと

被災地の子ども達が誰かの力になりたい、励ましたいなんてかっこいいじゃないか

AKB48さんも誰かのためにって被災地の応援や訪問を続けている
なのにオレだけが自分のために逃げ回って、他人を拒み続けていたんだ

手紙を託してくれた子どもの一人が言っていた

「ゆうこさんたちならきっと大丈夫だよ」

そうだ。AKB48さんだって、子ども達だって自分にできる事をしているんだ

オレはいつまで逃げ続けるんだ、逃げて世界が変わるわけじゃない
オレが人を信じてこそ、世界は変わるんだって言われている気がしたんだ

だから、本気で大好きな子ども達と約束して、愛するAKB48さんに向かい合いたいと思った

たとえ手紙を断られても、正直に子ども達にあってゴメンと頭を下げ謝ればいいんだ
手紙も一度ちゃんと運営さんに聞いてみて、段取りを聞けばいいんだ

オレは自分が助かり報われたいたいわけじゃない。誰かのためにできる事をしたいんだって気づいた

そして子ども達の届けにいった。でもAKB48さんや運営さんは話をまっすぐに聞いてくれた

「良く来てくれましたね、嬉しいですよ」って言って、メンバーさんも出迎えてくれたんだ

子ども達の手紙も、感謝状も全て手渡しで受け取ってもらったんだ

大島優子さん、篠田麻里子さん、柏木由紀さん、
指原莉乃さん、松井玲奈さん、山本彩さん、

メンバーのみんなは山田町のみんなと子ども達の気持ちにまっすぐ応えてくれたんだ

それだけじゃない、そんな子ども達の気持ちにみんなが泣いてくれた
泣きながら微笑んでくれたんだ。悲しい涙じゃなく、嬉しい涙として

誰かのためにと、支えになって活動してくれている人たちが泣いたんだ

やさしい涙だった。痛みと悲しみを知っている、全てを許す涙だった
子ども達とこんなに距離は離れているのに、心は通じ合ったんだ

そうだとも、空は繋がっているんだ。その下で同じ時間を生きているんだ

ゆうこさんの涙を見て、その言葉を聞いて、オレにはわかった

華やかだから全てに恵まれている訳じゃない。有名だから全て満たされている訳じゃない
中心にいるから全てが見えるわけじゃない。振り返ることも、見渡す事もできない悲しさもあるのだと
出逢ってきた人々、約束してきた事、その全てを抱え、こたえるために走り続けているのだと

この世のみんなが自分の夢と未来と闘っている、そして自分が何処にいるのか知りたいんだ
自分は何処まで生きて、何処に行くのか、そして今生きて立っている場所は正しいのか

全ての人は自分の夢と。命は未来と闘っているんだ。

オレは自分の悲しみと苦しみばかり優先して、向き合ってきた人が何を夢見ていたのか
愛する人たちが何のために、「誰かのために」と笑顔で歌い、影で涙を流しているのかを知らなかった
去っていった人たちが何を愛していたのかを知らなかった。だから、一人で逃げる事しかできなかった

それを教えてくれたのは山田町の子ども達とみんな
そしてAKB48さん、SKE48さん、NMB48さん、AKSの運営の人々
被災地を見守って応援してくれる全国のマブダチのみんなだ

「ありがとう」オレはただ気持ちを、その言葉を愛する人に心から伝えたかったんだ

詐欺、裏切り、売名、利権、それらをもたらした震災に対する憎しみと憎悪から
ゆうこさんの涙と笑顔が、メンバーのみんなの涙と優しさが、子ども達の笑顔が
オレに魂を賭けて立ち向かい、闘うべき道を教えてくれた。

愛する者に向かい合う勇気を、再び約束する機会をくれてありがとう

オレはもう迷う事は無い。ヒーローってのには戻れないが、闘い続ける鬼として
「誰かのために」一人でも笑顔になってくれるように、新たに走っていくぞ

泣いてくれてありがとう。約束してくれてありがとう。

オレはみんなと同じ空の下で同じ時間を生き、同じ世界のここにいたことを心から感謝している

復興の鬼 守人牙こと マブリットキバ

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AKB48ファンのマブリットキバの後日談】

* *

おっと。言い忘れていたが、オレは今回の事でAKB48のメンバーさんと
私情で話したり、握手とかはしていないぞ

個人的に好きなことを話したり、握手をしたいのであれば、
握手会でルールに従って楽しむのがオレのやり方だ

みんなもAKB48さん達が好きなら、是非ともそうして欲しい。

それと、今回の一件では一つだけ現地の大人のみんなやスタッフ達には大きな疑問が残ったようだ

それは以下のような疑問だ

どうして子ども達は手紙を届ける前に「ゆうこさんたちならきっと大丈夫だよ」
会って渡せる事をわかっていたような発言ができたのか。

手紙を出す前なのに、返事をもらってきてから書くはずのメンバーさんへの寄せ書きボードなどを
用意する事を考えたんだろうか。

そもそも、どうして届くかどうかわからないのに
AKB48さんに感謝の気持ちを届けよう運動なんて行おうと思ったのか

大人たちは【まるで子ども達ははじめからAKB48さんに必ず伝わるだろう】
未来を予見しているようだった、と不思議がっていた。

それはなぜなのか

オレには子ども達の気持ちがよくわかるんだ、別に不思議な事じゃない

子ども達は華やかで、ステージでライトをガンガン浴びて笑顔で歌うアイドルの認識だけで
AKB48さんを応援しているわけじゃない。

AKB48さんのここまで来た道程や苦労、悲しみだって子ども達は知っている。
そして、山田町や大槌町の訪問で実際に会って

「きっと優しいAKB48のみんななら、ありがとうの感謝の気持ちを笑顔で受け取ってくれる」
と自信を持って、手紙と感謝状を書いた訳だ

つまり子ども達は自分達と同じ悩みや悲しみを持ちながら、ファンを大切にするAKB48さんたちは
より身近な存在なんだと思っていたんだ

だから「ゆうこさんなら大丈夫だよ、優しいから」とか「さっしーはファンがすきだから大丈夫」とか

「マリコさんはきっと笑ってくれるよ」とか「ゆきりんは絶対に受け取ってくれるよ!」とか

「れなちゃんはきちんと受け取るから」とか「さや姉はマジメだから絶対に大丈夫!」とか言っていたんだ

子ども達にとって大好きな存在だからこそきちんと最初からわかっていたんだな

メンバーのみんながファンを大切に見守って応えてくれる優しい人たちだって事を

子ども達と同じ目線で悩んだり、笑ったり、歌ったりしてくれるAKB48さんたちだからこそ、
子ども達は共感できていたんだ。

だから、なんらかの形で手紙や感謝状は届くだろうとは思っていた、
なぜならAKB48さんはそれに応えてくれる人たちだと心から信じてたからだ。

実際は子ども達の予想を大きく上回って、ゆうこさんやマリコ様、さっしーにゆきりん、れなちゃん、さや姉のみんながその場に揃って

直接に子ども達やみんなの気持ちをその手で受け取ってくれたんだ、
この事は子ども達にとっては素晴らしい未来への応援になったんだ

そして子ども達の気持ちに答えて「つながっているよ」って対応をしてくれた
メンバーのみんなや運営の人たちはカッコイイって思ったに違いない

子ども達はこれからも自分達が信じて応えてくれた大好きなAKB48さんを尊敬して
ずっと応援していくんだと思う

え?どうしてオレにはそういうことがわかるのかって?

それはオレがAKB48さんの大ファンで、ヲタだからさ。
だから子ども達が何を言いたかったのかをよく知っている訳だ

ファンとして「大好きだよ、がんばって。元気と笑顔をありがとう!」って事を伝えたかったんだ。
ファンならみんなそう思っているのさ

それと今回のような事は、あくまで運営さんの優しさから特別に今回だけ対応してくださったと思っている

改めて言うが、誇り高いファンなら、オタなら、ルールの範囲の中で
これからもAKB48さんを応援していってあげて欲しい

以上でオレの報告は終わりだ。
さて、海外MIXをマスターして、ぐぐたすしながらサイリウム片手7本持ちの奥義を習得しなければな

それじゃ、またどこかであおう!またな、マブダチ!

復興の鬼 守人牙こと マブリットキバ

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